聖書でいう永遠とは”いま”

昨日のことを悔やむ 昔の出来事に苦しむ 愛する者の死を悼む それはいつも”いま” 明日をあれやこれや 想像しては心を痛め 我が子の将来を悲嘆 それもいつも”いま” すべてを受けてこそ 生きることができる いまを生きるという 道元の而今の”いま”

生かされて

さまざまな思いが底から上ってくる 取るに足らない小さな想い 退屈だな 寂しいな つまんない あっ猫がいた(うれしい) 誤解されたのかな(悲しいな) その一つ一つが私を成している 遠い国の紛争かの地の災害 私の心の中に写り込む諸々 私の心をかき乱し不…

「私を誰と言うか」

生きてるなかであなたはイエスと呼ばれた方に出会う そのときあなたは問われる「私を誰と言うか」と イエスと応える必要はないあなたの言葉で答えればいい 人間であれば必ずや問われる日がくるそのとき あなたは独りでその問いに答えなければならない 答えな…

食べた想いで私の心はできている

食べたもので私の身体はできている 食べた想いで私の心はできている 降ってきた想いを食べている 毎日毎日毎瞬毎瞬食べている そして食べたものが何かをチェックする その正体を出来るだけ見るようにする 食べたものが何であるかを知らなきゃ 私は私が何者で…

心と直感に従う勇気2

「お言葉ですから網を降ろしてみましょう」(ルカ5−5) 心と直感に従うとき私たちは思いがけない大漁を得る 従わないということは”心と直感”を抹殺するということ 聖書は全編ここに尽きる イエスの十字架とはこの抹殺をも意味してる 弱き私は私たちは日々み…

心と直感に従う勇気

『ほんとうに大切なのは「心と直感」ではないんです。「心と直感に従う勇気」なんです。なぜなら、ほとんどの人は自分の心と直感が「この方向に進め」と示唆しても、恐怖心で立ち止まってしまうからです。それを乗り越えるためには「勇気」が要る。』これは…

自分よりも悪いほかの七つの

善意を全面に出すときあるいは 自分を善意ある人間と思い込むとき 邪悪なものに対するセンサーを鈍らせる 自分や他者の中にある邪悪なものそこから 目をそむけるとき私たちは自ずと備わってる センサーの働きを自ら鈍らせる 邪悪は本能的にそれと感じとり 私…

わたしはない

自分を自分の中に探し求めた くる日もくる日も己の心を 覗き込んで探した あの人は自分がないから ふわふわ流れやすい人のことを 若い私はそう思った だけど私と言うものはない 在ると思う時はない だけど無いとき在る ここに至るまでどれほどの時が流れ ま…

こんにちは知らない私

心の声に耳を傾ける いろんな私がいる なれしんだ私も 知らない私も 何億年前かの先祖の遺伝子も 突然誕生するという遺伝子も 私たちの体内を流れる水 地球全体を流れる同じ水 どこかの水の記録 すべての生命記憶 かつて耳にしただれかのことば いつかどこか…

偶像崇拝2

偶像崇拝とは神でないものを上に置くことであって 目に見えるお像を拝むことではないと私は思います 神でないものそれはもしかしたらお金であったり地位であったり 常識と言われているものであったりするかもしれません なんであれ真でないものを上に掲げ責…

聖母マリア

イエスは神の子だけれど マリアは人間だからって 次元を違える考えがある だけどもしそうであれば 神は人間から遠く離れた 全く隔たった縁ないもの 例え神が在ったとしても 私たち人間に何の意味が つながりを見たからこそ なれかしと神のお告げを 受け入れ…

偶像崇拝

像をよすがに人は何者かに手を合わせているのであって 像そのものを拝してるのではないと私は思います 何者かは知らなくともどこかにまします尊いお方に 人間の力ではどうしようもできないことを願うのだと思います 偶像を崇拝するなという教えを文字通りに…

今、ここを生きる

過去のこと思ってもしょうがないとか 将来のこと悲観してもしょうがないとか 言うけれどそのどちらとも考えてるのは今 思い逡巡するのも今なんですよね 感じ思ってる今を受け入れないって どういうことなんだろうと考えてみた 嫌な記憶や痛みを伴う思い出を…

仏と不仏と私

聖書の中で”わたし”と言われる方に会いたいと思った 小学高学年?だったか聖書というものに触れたとき いくつかの聖句が心にひっかかった 聖書の中で”わたし”という方に会いたいとなぜか思った 聖書は言った ”わたし”についてきたいと思うなら自分の命を捨て…

Notre-Dame

= Our Lady =聖母マリア =聖母神 =イエス(小さ子)懐妊 =イエスを受け入れる =聖母神誕生 =イエス誕生 =イエス復活 =イースター =あなたが復活

イースター

私たちの小さな想いを 一つづつ見ていくとき 私は何者かだれなのか すこしづつ観えてくる 押し殺してきた小さ子 嫌な記憶辛い過去など 取るにたらないことと 私たちが思ってること その一つひとつを観る ゆっくりでいい丁寧に そうしていく時何かが 復活する…

般若

招かれるままに 沼底に降り立った そのときの私の面 いわゆる般若の面 墓の中は一条の光だになく 私は恐ろしくて震え戦いた それでも招く声を信じて 沼底に降りていった そのとき初めて気づいたのだ あの鬼の形相のお面がなぜ 般若と名付けられているのか そ…

無かったことにして

無かったことにして 私は崩壊した 少しずつ少しずつ 崩壊した 子どものとき不思議な世界をみた でもそれは言ってはいけないこと 子どもごころに本能的にそう思った それで誰にも言わなかった 私が観た世界をだれも知らない ということにも気づいた 小さなこ…

いろんな私が。

「わたし」(I AM) いろんな私(i)がわたし(I AM)を成してる わたしと思ってる者は実はわたしではなく 私が無数に集まっているだけ その無数の私を小さ子とよぶ だがこの小さ子を無視すると 命が萎えるので要注意 私を俯瞰するとき わたし「I AM」は姿を…

どう言ったら

どう言ったらいいんだろう 真っ当な宗教はほぼ同じ世界を見ているということ その民の民族性あるいは伝承文化で伝え方は違ってるかも知れないけれど 私にしてみればほぼ同じこと 例えばキリスト教がマリアに描いたのは 仏教でいえば観自在菩薩に通じるし 宗…

道を断たれて子らがさまよっている 故郷を遠く離れて子らが泣いている 延々と培ってきた空じる術を伝統を 私たちはどこに捨ててきたのだろう 顔を黒く染めて娘らが彷徨っている 故郷とおく求めて子らが泣いている 大黒さまの諭しも 浦島太郎の警告も そこへ…

まなざし

まなざしが映し出すものは 余すことなくあなたの中に 母と父は聖母神と聖父神の印章(しるし) 子らは育み育てていかなければならない あなたの可能性 愛しくてやっかいで憎たらしい子どもたち 彼らを抱きしめるとき あなたは呼吸(いき)る 愛を映し出す憎…

天からの食物(マナ)

かつて美しと思ったものが いまはすっかりいろあせて 矯めることなく 加うることなく あるがまま 差し引く事なく そのままが 天からの食べ物 自分自身でありたい そこへの道が見出せず 永々と続く暗闇の時を 果てのない絶望の時を 人と神の不思議な相克 矛盾…

奇跡

なぜ想うことができるのか 何者でもないのに なぜ苦しむことができるのか なにも持たないのに 想うことができること 感じることができること これが奇跡 真理は神のあけっぴろげの秘密

汝殺すなかれ

無限に広がりゆく 人の可能性に 限界をもうけるとき 枠をはめるとき 善悪の判断を下すとき それは神への逆らい 汝殺すなかれ あなたのなかの どんな小さな思いも 殺すことないよう ありのまま映すとき 水は流れ 流れの上を 風は吹く

いのちはひとつながり

いのちはひとつながりだということを 身をもって教えてくれたのは愛犬のの子だった それ以前にもそんな体験つまり他の生き物の 存在を感知するという体験をしたはずだったのに 17年半という長い時間を通してゆっくりじっくり のの子は私の身にそのことをしみ…

おまじない

いいよ それでいいよ どうしようもない不安に陥ったとき おまじない いいよ それでいいよ とてつもない恐怖に襲われたとき おまじない いいよ それでいいよ あなたの内なる小さ子が無理難題もちかけ あなたを困らせたとき いいよ それでいいよ 例えその子が…

流れよ

流れてやまぬ水 それをみつめる 不動の存在がある 流れよ 心ゆくまで 流れよ いつも いつまでも 流れよ どこへでも どこまでも 流れよ 至るところへ そうすれば わたしが極上の ぶどう酒に変えると 主は言われる

0(ゼロ)のまま

至高至上の献げもの それはあなた自身 0なら0のまま 10なら10のまま 1なら1のまま そのままを献げるとき 神は栄光を帰せられる 自然は自ずと知っている そのままが最上の献げものであること 人間以外の何が おのれ以外の何かに 成りたいと思うだろう 全…

アマノジャク3

おまえは誰だ わが城に侵入って 傍若無人のふるまい おまえは誰だ 一瞬の隙を狙って わが時を掠め取っていく おまえはどこで生まれたのか 嫉妬の井戸か 憎悪の谷か 無知の山か 殺意の海か いえそのいずれでもありません それらを掃き清めた 清なるところで …